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3.6.3 格納容器爆発の懸念と首都圏電車の運休

 原子炉電源喪失シミュレーション(第3.2節)の結果を再掲する。  官邸に原子炉冷却機能喪失の情報が届いたのは3月11日午後4時45分である。その1時間前の3時42分には、交流電源喪失による原子力災害対策特別措置法第 10 条第 1 項の規定に基づく特定事象の発生が通報されていたので、おそらく、原子力安全委員会と原子力安全・保安院のメンバーは官邸の危機管理センター付近に既に参集し、協議をしていたと推定される(後日、原子力安全委員会の参集メンバーは、連絡がとれない等の理由により、徒歩により集まる事が出来た数人だけだけだったと公表された)。
 発電所は津波の被害を受けて、全停電状態だったので、原子炉運転の重要パラメータが官邸にその時点で届いていたかどうかは疑問である。そうした状況下で冷却機能喪失の事態に直面した原子力専門家達は、おそらく本節冒頭に引用した破局シミュレーションの結果を現実の状況として認識したに相違ない。その場合に、格納容器の過圧破損に至るまでに残された時間は、5〜6時間である。風向きが気になる。西の風ならば、爆発が生じたとしても放射線物質による汚染の可能性は小さい(実際に爆発が起きた3月12日の風向きは第4.2節の終わりのSPEEDIシミュレーション結果を参照)。
 ところが、11日の夜、例えば北茨城市では北北西の風6メートルの強風が吹き続けた。高空ならば一層の強風であろう。これから予想される事は、シナリオ通りの短時間のうちに原発で大きな爆発が生じた場合、今夜の風向きは首都圏にとって幸運ではないという事だ。予想される爆発に対してとるべき対策を急遽実施しなければならない。そして結論が出たのだろう。時間は残されていない。
 11日の5時半過ぎから枝野官房長官のテレビ記者会見(首都圏の皆様へ)サイトが行われた。全文を引用する。キーとなる文言は太字にした。
官房長官記者会見

平成23年3月11日(金)午後 .首都圏の皆様への発表について
 私の方から、特に首都圏の皆様向けに発表をさせていただきたい、お願いをさせていただきたいというふうに思っております。首都圏の鉄道等の交通機関が現在、不通になっております。今、国土交通省を通じて、各交通機関と連絡を取っておりますが、現時点で復旧の目途は立っておりません。 まもなく6時になりまして、もう既に会社等から帰宅に向かってらっしゃる方もいるかもしれません。しかしながら、交通機関が動いていない状況でございますと、場合によっては歩道が満員電車状態になる。当然のことながら、自動車等は大変渋滞をしてしまって動かなくなります。それから、もし歩いて帰途を考えられました時には、途中で情報、食料、水、トイレ等に大変困惑をされるケースが想定をされます。従いまして、交通機関に関する情報をテレビ、ラジオ等でしっかりと把握をしていただきまして、こうしたものが動かないという状況では、 帰宅ではなくて職場等で待機をして、安全な場所で待機をしていただきたいということをお願いを申し上げます。繰り返しお願いを申し上げます。現時点では、首都圏の鉄道等の交通機関の回復の目途が立っておりません。この後、夜を迎えます。もちろん近い方は別でありますけれども、例えば県外、県境を越えて等ですね、遠距離の方、交通機関が動かない状況で徒歩等で無理に帰宅をされる、情報等がない中で帰宅をされるということになりますと、むしろ2次的な被害に遭われるということにもなりかねません。是非、冷静に落ち着いていただきまして、遠距離、また中遠距離の方についてはですね、無理にご帰宅をされないということをお願いを申し上げる次第であります。政府としても各交通機関、鉄道各社等と国土交通省が連絡を取って、早期の復旧を要請しているところでございますが、余震等も生じている状況でございます。安全を確保できませんと交通機関、鉄道等を動かすことができませんので、こうした安全確保されるまで、是非、中遠距離の皆さんについては無理なご帰宅をされないよう、冷静な対応を私(官房長官)の方からお願いを申し上げます。
 この記者会見のあと、首都圏の鉄道がどのような運行状況になったのかをまとめよう。  4月23日の朝日新聞報道に興味深い記述がある。
自宅をめざす人が都心の主要駅に集中した3月11日夕。鉄道各社と国交省は運転を再開できるタイミングをうかがっていた。「再開すれば都内にとどまっている人を外に送り流せる」。国交省鉄道局は当初、そう踏んでいた。
 都心で震度5強を記録したが、首都圏で脱線や死傷者が出る事故はなかった。国交省と鉄道会社のマニュアルでは、線路や設備に損傷がないか点検をした後、2〜5回の試運転を経て再開することになっていた。
 だが、午後5時半過ぎ、枝野幸男官房長官が記者会見で「帰宅ではなく、職場など安全な場所で待機していただきたい」と呼びかけた。
 これを機に鉄道各社の判断が二つに分かれた。
 「鉄道各社と国交省は運転を再開できるタイミングをうかがっていた」という事は、JRもマニュアル通りの手順を踏んで、運転再開を目指していたのである。運転再開が出来る客観的情勢だったという事だ。ところが、官房長官の記者会見によって、鉄道各社の判断が別れた。どう別れたのか。事実を整理してみよう。  一つの仮説を提示しよう。
3月11日夕刻の首都圏向けの官房長官談話は、数時間の内に起こると予想された原子炉格納容器の爆発による放射線被曝から、首都圏の通勤者を守る為に行われた。
 その結果、  このように考えると。官房長官会見中の「安全な場所で待機」の意味が明確となる。これは、放射線被曝に対して安全な場所の意味であった。「2次的な被害に遭われる」とは、放射線被曝を意味していたのである。
 この筆者の仮説が事実とすれば、結果的には格納容器爆発は起こらなかったが、多数の国民を被曝から守る為に官邸によって行われた首都圏電車運行に関する早い決断は評価できる。
 追記:後日(5月〜6月)公表された資料を散見すると、ここに述べたような対応策を、当時の政府が決定する事は無理だったように思われる。そうした決定をする為に必要な情報は官邸に入っていなかったと推定される。
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Kozan 平成23年8月1日