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3.6.2 外部への放射性物質の放出
冷却剤完全喪失状態の原子炉は、シミュレーション通りに崩壊への道を進み始めた。今回の場合、原子炉自動停止後、非常用ディーゼル発電機が起動して、津波による電源喪失までのおよそ50分の間は、冷却を行っていたと思われる。その結果、シミュレーションよりも、事態の進行が遅れたと推定される。電源を完全に喪失したので、適切な運転に必須となる原子炉パラメータの測定は、当初、正常に成されたとは思われない。その辺りの詳細情報は公表されていないが、原子炉状況について公表されている文面から、圧力等について何らかの測定値が得られていたと推定される。
格納容器圧力上昇が報告されるのは、電源喪失のおよそ10時間後の12日午前2時である(600kPa)。圧力は急速に上昇して、午前4時30分には840kPaとなる。シミュレーション結果(図3.15)によれば、格納容器破損に近い圧力である。破損を防ぐには圧力を下げるしか方法はない。それは大気中への放射性物質の大量放出を意味する。
この12日14時40分のベントのおよそ10時間前から、建物の外で放射線の上昇を検知した。地震直後からの、原子力発電所内の放射線モニターの測定結果を下図に示す[52]。
図 3.28:
第一発電所内の放射線モニター配置図
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図 3.29:
事故直後からの発電所内の放射線量測定結果:筆者作図
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本図に使用した元データは「放射線データ集 by Okumura サイト」から入手した。図中のMP4GSは、原子力災害対策本部資料に示されている中のMP4モニターの計測値である[46]。黒三角マーク(MP4GS)は、大きな値を示す場合がある。それらの大きな値は、一般向けの公表データには見られないようだ。特にMP4GSの最大値(1015マイクロSv時)は15時29分に観測されている。これは水素爆発の7分前であるから、ベントによる放出によるものであろう。
保安院の公表資料[40]によれば、12日午前4時30分に正門付近で明らかな放射線レベルの増加が認められる。本図では、午前4時40分の測定データから、明らかな増加が認められる。
原子力資料情報室でレクチャーをされた後藤氏(元東芝原子炉格納容器設計担当者)は、自らが行った格納容器の高温高圧によるリーク測定結果に基づいて、格納容器が高温高圧になると、格納容器トップフランジのガスケットからのリークが起こり得ることを示した[23]。
従って、12日午前4時30分頃には、既に格納容器からのリークが始まっていたと推定される。
毎日新聞4月4日報道によれば、この時の格納容器圧力上昇への対処を巡って、ぎりぎりのドラマが展開された。抜粋して引用する。
官邸の緊急災害対策本部。当初、直接東電とやりとりするのではなく経済産業省の原子力安全・保安院を窓口にした。「原子炉は現状では大丈夫です」。保安院は東電の見立てを報告した。
しかし、事態の悪化に官邸は東電への不信を募らせる。菅首相は11日夕、公邸にいる伸子夫人に電話で「東工大の名簿をすぐに探してくれ」と頼んだ。信頼できる母校の学者に助言を求めるためだった。
11日午後8時30分、2号機の隔離時冷却系の機能が失われたことが判明する。電源車を送り込み、復旧しなければならない。「電源車は何台あるのか」「自衛隊で運べないのか」。首相執務室にホワイトボードが持ち込まれ、自ら指揮を執った。
官邸は東電役員を呼びつけた。原子炉の圧力が上がってきたことを説明され、ベントを要請した。しかし東電は動かない。マニュアルにはあるが、日本の原発で前例はない。放射性物質が一定程度、外部へまき散らされる可能性がある。
「一企業には重すぎる決断だ」。東電側からそんな声が官邸にも聞こえてきた。復旧し、冷却機能が安定すればベントの必要もなくなる。
翌12日午前1時30分、官邸は海江田万里経産相名で正式にベントの指示を出した。だが、保安院は実際に行うかどうかについて「一義的には東電が決めること」という姿勢を変えない。国が電力各社に文書で提出させている重大事故対策は「事業者の自主的な措置」と位置づけられている。
「東電はなぜ指示を聞かないのか」。官邸は困惑するばかりだった。首相は「東電の現地と直接、話をさせろ」といら立った。「ここにいても何も分からないじゃないか。行って原発の話ができるのは、おれ以外に誰がいるんだ」。午前2時、視察はこうして決まった。
事故を防ぐための備えは考えられていた。しかし、それでも起きた時にどう対応できるか。班目委員長は取材に「自分の不明を恥じる」と言ったうえで、こう述べた。「その備えが足りなかった」
1号機でようやくベントが始まったのは午前10時17分。しかし間に合わず、午後3時半すぎに原子炉建屋が水素爆発で吹き飛ぶ。「原発崩壊」の始まりだった。この対応の遅れは、なぜ起きたのか。
別の情報を時系列に並べると次のようになる。
- 午前1時30分:官邸から東電(保安院)へベント要請。
- 午前6時東電会見:電源を使ってベントをしようとしているので手間取っている。既に放射線は漏れ始めていたので、手動で行うベントの場合には、作業員が被曝する可能性がある。この程度の理由で電源ベントにこだわっていたとすれば、何が重要かという根本の所で階段を踏み外している。
- 午前6時14分:管首相、福島原発を訪問。
- 東電との会議で:
首相:いいから早くベントをやれ。電動でも手動でもいいからともかく早くやってくれ
東電武藤副社長:無言
東電の別幹部:手動でするかどうか1時間後までに判断したい
首相:そんな事を言っていないで一刻も早くベントして下さい
- 午前6時50分:原子炉格納容器内の圧力を抑制することを命令
- 午前9時20分東電会見:9時に現場へ入りました。人手でやるという事に変えました
- 午後14時40分:ベント開始
- 午後15時36分:1号機建屋水素爆発
詳しい情報が入手できていないので、確定的な事は言えない。東電にとって、おそらく不運だったのは、11日の事故当日、清水正孝社長は関西へ出張中で帰る事が出来ず、勝俣恒久会長は北京に滞在していた。従って、初動の大切な時機にトップの二人が実質的に不在であった。東電本社と福島第一原子力発電所の間にも、幾多の対立があったと聞く。経済産業省の原子力安全・保安院と首相官邸の間にも齟齬が生じていた。管首相が矢継ぎ早に原子力関係の内閣参与を新たに6人も任命した事が、管首相の姿勢を表わしている。発電所訪問後、官邸は吉田発電所所長と直接連絡をとるようになったという。
報道にあるように、ベントを行うかどうかに対する確執に気がとられ、この日午前4時過ぎから既に検知されている外部放射線増加が、その付近の水素濃度増大と水素爆発をもたらす事への注意と対策がおろそかになっていた可能性はないか。対策チームは水素爆発をテーマにして会議を開いていたのかどうか。原子力安全委員会の責任者は、格納容器圧力の増大に伴うベントの必要性と同時に、既に発生が確実な水素への対策法を進言したのか。
このように書き進めて来た時、保安院幹部の次の証言が報道された(4月8日TBSニュース23)。
(水素は)漏れないように設計するということで、漏れてしまったらどうするかということは、設計上手当されていません。
これは、耳を疑う発言である。シミュレーションの電源喪失シナリオには、水素発生と格納容器への移行が記されている(第3.2節、図3.11)。原子炉停止後の原子炉注水に失敗すれば、事態は短時間のうちに進展する。圧力容器破損までわずか3.6時間である。格納容器圧力が設計圧を超えて高くなり、リーク限界に迫れば、まず漏れ始めるのは分子の小さい水素であろう。従って、「設計上手当しない」という発言は、ごく短時間の電源喪失によって、重大事故が起こるという事さえ考えない事を意味する。安全担当であれば常識的に考慮すべき問題を考えなかったという点に、問題の根深さを指摘できよう。
水素爆発によって、事態が一層困難な局面に突入した事は事実である。ベントをもっと早くから実行すれば、他のシナリオに移行したのかどうか。想定事故シナリオの中に、炉心損傷に伴う水素発生が記述されていた事を思うと、なんらかの方法により、水素爆発を回避する方策があったのではないか。様々なデータがそろった後の検証を待つ。
4月26日追記:
4月26日付けの読売新聞に水素爆発と原子力災害対策本部に関する報道があったので、引用する。
発生直後から政府の原子力災害対策本部に詰めて事故対応に当たっていた細野総理大臣補佐官は、25日の記者会見で「少なくとも、圧力を逃がすための“ベント”をしたあとに水素爆発が起きることを予測をした専門家は見ていない。格納容器の中には窒素があり、想定していなかった」と述べ、政府内で当時、水素爆発が起きる可能性は想定されていなかったことを明らかにしました。これについて東京電力も「原子炉で発生した水素は格納容器内で処理する設計になっていて、原子炉建屋内で爆発が起きることは設計上、考慮していない」としています。
この記事から次の事がわかる。
- スリーマイル事故を調査すれば、電源喪失事故と聞いて連想するはずの水素爆発に言及する原子力の専門家が、原子力災害対策本部にはいなかった。これは、人選の誤りである。あるいは、重大事故に対処するシステムの機能不全である。あるいは、緊急事故対策立案に役にたちにくい人が中枢に集まってしまうというシステム全体の構築の仕方に欠陥がある。
- 東電は水素が発生する事を知っていた。冷却機能喪失を現実の問題として考えるという事は、原子炉圧力容器破損までのわずか3.6時間の間の対処法を考える事を意味する。この短い時間の間に、事故は重大局面に突入してしまう。圧力容器が破壊する前に、格納容器内部の圧力も高くなり(ベントをしない場合)、放射性物質が外部へ漏れ始める。放射性物質が漏れるという事は、それと同時、あるいはそれ以前に水素が漏れ始める事を意味する。従って、「原子炉で発生した水素は格納容器内で処理する設計」という「設計」は、事故後の格納容器圧力増大を考慮しない事を意味する。これは「設計」ではなく、対策を放棄するという宣言である。この文言は、電源喪失後の3.6時間を真面目に考えない事に起因する作文といえよう。
- 格納容器内部の圧力や温度が高くなると、色々な場所からリークする可能性があるという事実は、細かい研究に没頭してきた原子力工学従事者には、想起しにくかった可能性がある。例えば、大きな圧力シール用のフタを締め付ける作業が、仕様書で規定する本来の性能を達成するためには、一連の作業に対し、必須の手順と質の高さが求められる。仕様書にはない(現場用の作業手順書にはあるかも)現場の細かな手順とか工夫を知らない方にとっては、フタを締め付ければ、性能は保たれるものだからである。圧力シールの仕様を、性能仕様として請負会社に丸投げする仕様書を書いている場合に、リークは、現実の問題としては担当者の記憶に残らないであろう。
ここまでの情報で判断すれば、圧力容器の圧力が充分高くなる以前にベントをして、圧力を下げていれば、少なくとも建屋内への水素の漏れは防げた可能性がある。その場合でも、地震によって配管等に亀裂が生じていたとすれば、建屋内への水素のリークは防げなかった可能性がある。
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Kozan
平成23年8月1日