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6.4 水素爆発に対する備え――安全性
福島第一原子力発電所の事故においては、1〜3号機の全てが水素爆発を起こして、事態を深刻化してしまった。この必然的ともいえそうな水素爆発について、何故当事者は楽観していたのであろうか。その根拠を示す文献がある。1984年に当時の日本原子力研究所から出版されたレポートを紹介する。
当時、炉心損傷事故が集中的に研究されたのであろうか、「炉心損傷事故解析及び研究の現状ー炉心損傷事故調査解析タスクフォース報告書ー」と題する分厚いレポートが出版された[89]。その中で炉心損傷時に発生する水素についての見解が述べられている。
3.2.2 水素の燃焼
(1) まえがき
SCD(Severe Core Damage:炉心損傷事故)事故時には、炉心でのジルコニウムー水蒸気反応をはじめとする種々の原因によって大量の水素が格納容器に放出されることが予想される。水素と酸素及びその他の気体の混合比が一定の条件をみたし、かつ着火源があれば水素が燃焼する。この結果、TMI事故で見られたように格納容器の圧力、温度が上昇し、はなはなだしい場合には、格納容器本体ないし内部の構造物、機器の健全性が損なわれる可能性がある。
一方、3.2.2(6)で述べるように、わが国のBWRの格納容器は、運転に先立ち格納容器内の雰囲気中の酸素濃度を低減して不活性化しているため、事故時に格納容器内のガス組成が水素の可燃域に達する可能性はきわめて低い。従って、わが国プラントにおいて、SCD事故時に水素の燃焼が格納容器の健全性に影響を及ぼす可能性があるのは、PWRの場合のみであると考えられる。
ここで記述されている物理的内容に大きな間違いはないように思われる。しかし最後の結論(BWRでは考慮する必要はない)が決定的に間違っている事は、福島原発の3件の爆発が証明している。何故、このような初歩的な間違いをするのか。この説明では、実は、SCD事故時に格納容器の健全性が完全に保持されるという事を仮定している。そんな仮定が現実には何の役にもたたぬ事は事実が証明した。事故の進展と共に、格納容器の気密性は破れてしまう。放射性物質と水素は過酷な使用条件に陥った格納容器から漏れ出るのである。そもそも、SCDが起こる場合、頑丈な設備(原子炉など)に付帯する周辺設備には損傷が起こってしまう事もありうる。今回も、原子炉圧力が急激に低下する現象が見られており、配管付近の損傷が疑われている(まだ精査されていない)。
従って、ここに引用した記述は、現実とは乖離した理想型での話といえよう。一般には、こうした現実離れした論証は理論系の研究者に多いと思われているが、筆者の見解はそうでもない。かのファインマンは20世紀を代表する理論物理学者であるが、彼はチャレンジャー号事故の調査委員として活躍したそうである。
原発の安全性を厳しく監視する役目の原子力安全・保安院は記者会見で次の証言をする。
(水素が)漏れないように設計するということで、漏れてしまったらどうするかというところは、設計上の手当はされていません
これは三つの意味で驚くべき証言である。
- 第一に「漏れないように設計する」という事は工学的に不可能な事。
- 第二に、「漏れないような設計」が、過酷事故が起きても極端運転条件が生じないようにする設計という深い意味であるとしても、それは不可能である事。
- 第三に、何かを根拠もなしに想定して、その後の処置は考えないという驚くべき楽観的見解の元で、安全が保たれると考えている事。
第三の考え方は、地震と津波の想定にも共通して見られる。この証言を一言で評価すれば、安全を放棄する見解といえよう。
冒頭に引用した過去の研究成果は、今回の水素爆発にも影響を与えていたと思われる。それは2010年2月の原発1号機の「AM設備別操作手順所 (炉心損傷後)、NM-51-5・1F-F1-007-1」の中の次の文章である。
S/Cベントは下記の4つの条件が成立したら実施する。
(1) CCSの復旧の見通しがない。(注:CCS=原子炉格納容器スプレイシステム)
(2) 格納容器圧力が853kPaに到達すると予測される場合。
(3) 外部水源総注水量が1700m3以下。
(4) 緊急時対策本部長がベント操作を許可した時。
この中の条件(2)が満たされるような場合には、既に相当量の放射性物質と水素が外部へ漏れ出しているはずなのだ。それは今回の事故で実証済であり、工学的検討をすれば、事前に簡単に推定される事である。実際、東芝ではそうしたリーク試験を今から20年以上前に行っていた。従って、ベントに関するこの操作手順書は、そのような高圧(且つ高温)状態の格納容器から水素が容易に漏れ出す事に起因する危険性を全く考慮しないという立場で立案されている。
一般的に、且つ、無責任を承知の上で書くとすれば、原子力あるいは原発に関連する様々な分野においては、このような現実無視の議論が正論として横行しているような印象を受けたというのが、今回の事故を契機に関連する資料を検討した筆者の印象である。
3月12日早朝、管首相は、斑目原子力安全委員長を伴って福島原子力発電所を訪問した。ヘリコプターの中で交わされた二人の会話を、NHKの番組が報じている。
- 総理:ベントが遅れるとどうなるんだ?
- 斑目:化学反応がおきて水素が発生します。それでも大丈夫です。水素は格納容器に逃げます。
- 総理:その水素は格納容器で爆発しないのか?
- 斑目:大丈夫です。格納容器は窒素で満たされているので爆発はしません。
この会話を直接聞いた寺田内閣総理大臣補佐官は次のように証言する。
総理がかなり強く斑目委員長に何度も問いかけていて、議論して一貫して水素爆発はありませんと。
引用した会話が事実に即しているとして検討すれば、班目委員長の話の中には複数の決定的な誤りが含まれている。
第一に、班目委員長は格納容器圧力が12日未明に異常に高くなっていた事実を既に知っていたはずである。それは、炉心損傷の結果であり、既に水素は発生していると推論しなければならない。従って、ベントが遅れると、格納容器破損の可能性が高まるというのが正しい返答であろう。もしこの会話が正確であるとすれば、斑目委員長は原子炉過酷事故進展の現状がどのレベルにあるかについて、誤って認識していた事になる。
第二の誤りは水素爆発がないとする模範的な回答である。この回答は本節の冒頭に引用した研究成果に合致する見解であるが、物理を硬直的(数式だけで)に扱う時に得られる、現実とは乖離した結論であった。もちろん、そうした取り扱いによって現実と実用範囲内で合致する結論が得られる場合は多いが、極端条件のもとでの振舞を厳密に考える場合には十分ではない。圧力と熱により、「剛体」は変形し、弾性のある真空シールは漏れやすくなる。従って、過酷事故の場合、水素は漏れる可能性があり、爆発する可能性も生まれる。
斑目委員長は安全性の考え方について、次のようにも述べている。それは、第2.4.2節で検討した安全性のクラス分け(図2.19)に関する見解である(サンデーフロントラインから引用)。
Q:Sクラスの非常用ディーゼルとかがBクラスのタービン建屋にあったが?
斑目:それは構わないんですよ。だからBクラスのものが地震がきて壊れることによって、Sクラスの機器が壊れることがなければいいんです。
Q :でもそういうことって考えられるんですか?
斑目:もちろん考えられるのです。実際には。だってBクラスの建物の上にひびが入ってなんかなろうと、地下室はちゃんともっていればいいわけです。たとえば非常用ディーゼル発電機は津波が引いてくれさえすればちゃんと動きますよというふうになっていれば、今回の問題は起きないのですよ。耐震設計指針が間違っているかどうかは難しいですね。耐震設計審査指針を直すべきかどうかは専門家に議論してもらおうと思っています。
耐震設計基準Bクラスの建物が地震により壊れて、外部との給電ラインがとぎれても、燃料タンクが津波で流出しようと、地下室の非常用ディーゼル発電機がこわれていなければいいのであろう。津波の水が引いて、非常用ディーゼル発電機を数ヶ月(?)はかかるであろうオーバーホール(内部の水をかわかすため)後に動かせばいいのであろうか。
国が任命した安全トップが、このような認識なので、小中学校の理科の履修内容を見直す必要があるだろう。
「建物がこわれるような大地震の場合、外部との接続部分も損壊している可能性があります。スイッチを入れてもすぐに電気機器が動かない場合には、外部とのやりとりがきちんと出来ているかどうか調べましょう。」
「水に浸った電気機器に、すぐに電気を流す事は出来ません。それはとても危険です。通電する前に十分な点検が必要です。ほとんどの場合、水に濡れた内部を乾かす必要があるでしょう。」
とわかりやすく記すべきであろう。
このような安全に対する考え方を持つ方が、各種安全審議会議冒頭で、自分の基本的安全指針を述べるとすれば、その会議の結論や押して知るべし。
従って、日本では、その道の専門家集団だけに安全に関する議論を任せておいては、安全は保たれないと知るべし。
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Kozan
平成23年8月1日