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5.3 福島県内モニタリングと学校20ミリシーベルト問題

 2011年5月6日に、福島第一原子力発電所から80kmの範囲内の放射線量の航空機(ヘリコプターと小型飛行機)による測定結果が公表された[65]。図を2枚引用する。

図 5.7: 文部科学省及び米国DOEによる航空機モニタリングの結果(福島第一原子力発電所から80km圏内の線量測定マップ):地表面から1mの高さの空間線量率(マイクロSv/hr)
\includegraphics[width=14cm,clip]{heli80kmradmon-1.eps}

図 5.8: 文部科学省及び米国DOEによる航空機モニタリングの結果(福島第一原子力発電所から80km圏内のセシウム134,137の地表面への蓄積量の合計):Cs-134及びCs-137の合計の蓄積量(Bq/m2)
\includegraphics[width=14cm,clip]{heli80kmradmon-2.eps}

 チェルノブイリ原発事故では、セシウム137が55.5万ベクレル以上の地域が強制移住の対象となったと聞く。図5.8はセシウム137(半減期30年)とセシウム134 (半減期2年)の合計である。図中の薄青色の一部・黄緑色・黄色・赤橙色の部分は、チェルノブイリの強制移住の放射線レベルにほぼ相当する。原発からの距離は80kmに及ぶ。(セシウム137の分布は文献[65]の別紙4を参照)。
 この放射線汚染地域住民に対して、日本政府は、避難指示(半径20キロメートル以内)、屋内退避(半径30キロメートル)を設定していたが、あらたに「計画的避難区域」を4月22日に設定した。

計画的避難区域は原発事故から1年間の累積放射線量が20ミリシーベルトに達する可能性がある福島県内の5市町村に設定され、原発から30キロ以上離れた両町村も含まれている。政府の避難指示があれば1カ月程度での域外への避難が求められる。飯舘村は全域が対象。
参考:20ミリシーベルト/年 = 2.3 マイクロシーベルト/時(単純計算による)

 小中学校等の校庭利用の安全基準放射線量が20ミリシーベルト/時 と示された件(4月19日)が、大きな波紋を生んでいる。そこで、実際に運用されている放射線管理規定を提示するので、放射線被曝の考え方に関する参考にしていただきたいと考える。ここに示すのは、加速器を使った代表的な研究所(高エネルギー加速器研究機構)で実際に行われている放射線管理規定である[66]。

図 5.9: 機構の個人被ばく管理について
\includegraphics[width=18cm,clip]{radlimitpersonal.eps}

 第一に注意しておきたい事は、この放射線規定は放射線作業従事者に対して適用されているという事だ。「一般人」は、放射線作業従事者の資格を持つ妊婦と同程度(0.1ミリシーベルト/作業)と規定されている。第二に、年間の被ばく量の管理目標は、男子7ミリシーベルト、女子2ミリシーベルト、妊婦の場合は0.7ミリシーベルトに抑えられている事である。この管理目標は、国際的な放射線規定にもよるが、同時に、長期間にわたり国内外の経験の蓄積から決められているものと推定される。
 次に示すテーブルは、放射線管理区域の区分に関するものである。

図 5.10: 機構の区域管理基準
\includegraphics[width=18cm,clip]{radlimitarea.eps}

 このテーブル内で使われている管理区域区分は次のように定められている。

 何の制限もなく立ち入り自由な「一般区域」は、0.2マイクロシーベルト/時 以下の場所である。逆に、0.2マイクロシーベルト/時 以上の場所は、フェンスで囲われていて、自由に立ち入る事が出来ない。
 福島県は、県内1600個所以上の学校校庭の放射線量測定を4月初旬に行った[70]。このデータ(地表1cm測定)をまとめて図示した。
図 5.11: 福島県環境放射線モニタリング小中学校測定結果(4月5日)。図の中に、文科省高エネルギー加速器研究機構で採用されている放射線管理区域レベルを横線で示し、色分けした。
\includegraphics[width=18cm,clip]{PLOTradFuschool.eps}

 学校等1624個の測定データの平均値は、1.8マイクロシーベルト/時 である。上図からわかるように、高エネルギー加速器研究機構の放射線規則からみれば、福島県のほとんどの学校の放射線レベルは、立入りが制限される周辺監視区域(0.2マイクロシーベルト/時)を仕切るフェンスの中という惨状である。そのようすをまとめると次のようになる。

 日本を代表的する科学研究を目的とする研究所(放射線にも関連する)の放射線管理規定から判断すると、福島県の96パーセントの幼稚園小中学校は、放射線規定で厳しく規制されるフェンスの中のレベルと同等な状態である。
 政府は学校屋外活動における生徒の年間被ばく上限を20ミリシーベルト/年 と決めたが、この決定に反対して辞表を提出した内閣参与がいた。新聞報道から引用する。
4月29日午後6時15分:内閣官房参与の小佐古敏荘(こさこ・としそう)・東京大教授(61)=放射線安全学=は29日、菅直人首相あての辞表を首相官邸に出した。小佐古氏は国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故の政府対応を「場当たり的」と批判。特に小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに「容認すれば私の学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と異論を唱えた。同氏は東日本大震災発生後の3月16日に任命された。
 小佐古氏は、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。
 これまで、日本で実施されてきた代表的な放射線管理規定からみれば、小佐古教授の主張は普通であり、政府の決定は異常である。
 1986年に起こったチェルノブイリ原発事故は、大量の放射性物質が爆発的に放出されたので、周辺への影響は広汎甚大であった。放射化された土地から移住する場合に、次の規定を採用したという。  この例と比べても、20ミリシーベルト/年 という設定値は、相当大きい事がわかる。国民の健康を第一に考えているのは、ロシア政府であろう。特に、将来のある子供達に対する厳しい設定値はよろしくない。問題が顕在化するのは数十年先の事として、責任を放棄しているのではないか。
 影響範囲が広汎になる事を恐れて、このままにしておくべき性質の問題ではないと考える。「歴史の評価」が好きな言葉のようだが、責任者は、歴史から厳しい批判と評価を受けるでありましょう。

参考:
1マイクロシーベルト/時 = 8.8ミリシーベルト/年
0.11マイクロシーベルト/時 = 1.0ミリシーベルト/年
追加参考資料:児玉龍彦参考人意見全文、衆議院厚生労働委員会、平成二十三年七月二十七日


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Kozan 平成23年8月1日