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5.2 原子力関連学者による「緊急建言」

 読売新聞の4月2日の報道によれば、
 福島第一原子力発電所の事故を受け、日本の原子力研究を担ってきた専門家が1日、「状況はかなり深刻で、広範な放射能汚染の可能性を排除できない。国内の知識・経験を総動員する必要がある」として、原子力災害対策特別措置法に基づいて、国と自治体、産業界、研究機関が一体となって緊急事態に対処することを求める提言を発表した。
 以下に「緊急建言」の全文を引用する。
福島原発事故についての緊急建言

はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。

特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、極めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。

こうした中で、度重なる水素爆発、使用済燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。

一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。

当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プール内の燃料の冷却状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。

さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素爆発を起こさない手立てが必要である。

事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。

私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

平成23年3月30日

青木 芳朗   元原子力安全委員
石野 栞     東京大学名誉教授
木村 逸郎   京都大学名誉教授
齋藤 伸三   元原子力委員長代理、元日本原子力学会会長
佐藤 一男  元原子力安全委員長
柴田 徳思   学術会議連携会員、基礎医学委員会 総合工学委員会合同放射線の利用に伴う課題検討分科会委員長
住田 健二   元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
関本 博    東京工業大学名誉教授
田中 俊一   前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
長瀧 重信   元放射線影響研究所理事長
永宮 正治   学術会議会員、日本物理学会会長
成合 英樹   元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長
広瀬 崇子   前原子力委員、学術会議会員
松浦祥次郎   元原子力安全委員長
松原 純子   元原子力安全委員会委員長代理
諸葛 宗男   東京大学公共政策大学院特任教授
 ここに名を連ねている方々の多くは、黎明期から日本の原子力開発研究に参加し、その後原子力行政にも深く関わって来た。原発安全神話の構築のもと、原子力発電所建設をすすめ、それに連なる政官財学のオールインワンシステムを作り、主要なメンバーとして原子力を支えて来た。これらの人々の貢献があって、今日の日本の原子力体制があると言っても過言ではない。本稿では、原発崩壊をもたらした主要な原因として、例えば、原子力発電所の立地条件や設備配置等の諸要件を決める時のクライテリオンの破綻、そして想定する地震と津波の過小評価に求めたが、それは単にある決定を行い、不適切な小さい数字を設定したという事ではなく、そうした選択を繰り返して行うシステムと基礎となるべき学問のあり方に疑問を呈したのであった。原子力推進過程において、安全にかかわる全てのプロセスは、適切な科学的議論に裏付けられているかの如く擬装され、いくつもの審査過程を経て、合法的に行われた。当時の学問水準からみても、又、原発崩壊という結果から判断しても、不適切な決定を行ったプロセスにおいて、責任ある立場にあり、議論の方向を決めたのが、ここに名前を連ねている方々である。近代科学精神の根幹に背いてきた姿勢が厳しく問われなければならない。従って、今日の原発崩壊の責任を担うべき方々である。
 それ故に、これらの方々は「事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた」のであろう。「しかし、事態は次々と悪化し」、このままでは文字通り取り返しのつかない破局へ進む可能性も予期され、自分達が構築したシステムのあまりの不甲斐なさを座視できなくなったのであろう。多くの方が納得するような「緊急建言」をする事は無意味な事ではない。「建言」が実行されて、原発崩壊がこれ以上の拡大を見せる事なく、終息する事を共に願うものである。
 原発事故の発生後に、謝罪と反省の言葉を発する事なく、「地震により運転は自動停止したから日本の原発の安全性は高い」とマスコミでにこやかに話す「原発研究の重鎮」と呼ばれる輩も存在するようだ。こうした輩に比べれば、「緊急建言」を公表した方々には、一縷の救いが見いだせる。
 「緊急建言」の冒頭は
はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。
なる文言により始まっている故である。
 この文言が単なる方便ではない事を示すためには、自らの学問研究等全般を振り返り、過去に為した行為のどこが遺憾であり、「福島原発事故」と、どのような関わりがあり、どんな責任があるのかを明らかにする事が必要でしょう。原子力開発を先頭に立って進めて来た方々が国民に深く陳謝するからには、その理由を具体的に明らかにすべきである。そうでなければ、事故は遺憾だが、自らの原子力への関わりと貢献には何も反省すべき点はなかったと、開き直っているにすぎないと受け取られるでしょう。「深く陳謝」も言葉の綾にすぎないと受けとられるでしょう。
 「建言」文言中の「広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないこと」とは、例えば、東京遷都を余儀なくされる事態でありましょう。今や、こうした可能性を深刻に考えざるを得ないような紙一重の分岐点を継続している事は、皆様が一番よくご存知のはず。


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Kozan 平成23年8月1日